渋谷哲也(ドイツ映画研究者)

トーマス・アルスランは現代におけるインディペンデント映画の旗手の一人である。映像の重視と俳優のミニマルな演技を特徴とし、記録とフィクションの境界を軽やかに越える独自のスタイルで珠玉の作品を発表している。
アルスランはベルリンの記録者としても注目に値する。分断の歴史を被った都市の寂しげな相貌を収めた初期短編に始まり、この都市に生活する若者のナチュラルなまなざしを刻印した3部作を経て、21世紀における眩いばかりのメトロポールへの変化を捉えた新作まで、場所に対するアルスランの感覚の鋭さは際立っている。だが彼の映画の指し示す地平はもっと自由で幅広い。もはやトルコ系移民2世や「ベルリン派」というレッテルに囚われることなく、ヴェンダースやファスビンダーらニュージャーマンシネマ世代のインパクトを引き受けた世界市民としての映画作家に属しているといっても過言ではない。最新作ではついにヨーロッパを離れ、アメリカ大陸を旅する移民たちを描く作品に挑む。今回の回顧上映ではグローバルな映画作家としてのアルスランに出会ってほしい。