渋谷哲也(ドイツ映画研究者)

 ドイツでは、1990年代よりトルコ系移民2世の映画監督たちが活躍を始めた。現在、国際的に注目を集めているファティ・アキンがその代表的存在とされているが、実は同時期に彼と並ぶ高い評価を得ていた監督がトーマス・アルスランである。ブレッソンからの影響が窺える抑制された様式を持つ作品は、ニュージャーマンシネマ以降もっとも刺激的なドイツの作家主義映画と呼ぶにふさわしい。アルスランと同時期のベルリン映画アカデミーの卒業生たちは皆ストイックな作風の映画を発表し、≪ベルリン派≫と称されているが、アルスランはこの≪ベルリン派≫の中でもっとも注目を集めた一人である。なぜこれまでアルスランの映画は日本に紹介される機会が殆どなかったのか。大きな謎としか言いようがない。