渋谷哲也(ドイツ映画研究者)

ファスビンダーの誕生日は1945年5月31日、第二次大戦のドイツ降伏の直後に生まれている。没日は1982年6月10日。政治の季節からドイツ社民党政権時代を経て再び社会が保守化するさなかである。彼はひたすら映画・演劇活動を行なうことによってドイツ社会を批判・挑発した。嗜虐的で露出趣味でマニアックな映画が氾濫している現在、70年代前衛のニュージャーマンシネマは今から見ると“牧歌的”ですらある。その中でファスビンダーは個人(自分自身)の人間関係を普遍化し、そこに社会との接点を構造的に浮き彫りにした。過去との対決は親との対決であり、独裁者とは映画監督のことである。具体的だからそこには変化への希望が仄見える。『絶望』を『光への旅』へとさらりと読み替え、「Radio-activity」で軽やかにぎこちなくダンスしてみせるファスビンダーのセンス。これこそが現代において見失われているポジティヴさではなかろうか。