オタール・イオセリアーニ監督特集
細川晋

 オタール・イオセリアーニはこう述べている。
 「われわれ映画作家の仕事は時間において展開するひとつの楽曲構成(composition)を作ることだと思う。音楽に非常に近い。音楽形式のあらゆる固有の規則がある。三拍子、ロンドにソナタ、特に、対位法を伴うポリフォニー、主題と平行して展開する独立した各声部」(『群盗、第7章』公開時の発言)。
 物語を単線的に語ることや、見世物的な演出を拒否し、何よりも「語りの形式」を重んじるイオセリアーニの芸術性は、ポリフォニックな展開、さりげない滑稽さにおいて抜きんでている。ルネ・クレール、ボリス・バルネット、ジャン・ヴィゴ、ジャック・タティらの反骨精神を敬愛するイオセリアーニは反時代的でおおらかで詩的な映画作家でもある。
 もっとも、映画とは「表現の芸術」だと断じ、心理的演技や台詞を最小限に抑え、機知に富む詩情を追求する彼の映画は、楽天的な懐古趣味とは無縁であり、過激なまでに現代的である。ロマン・ポランスキの脚本家として知られるジェラール・ブラッシュと組んだ特異な群像劇『月の寵児たち』は、タティの夢見た「ギャグと喜劇の民主主義」の理念を探求し、以後、撮影のウィリアム・リュプシャンスキ、美術のエマニュエル・ド・ショヴィニらと組んだ一連の群像劇では、個性豊かなあらゆる階層、あらゆる世代の匿名的な人々が同等の権利を持って登場する。
 残念ながら日本では、イオセリアーニの映画は、旧ソ連のゲオルギア(グルジアの現地語読み)時代の『落葉』と『田園詩』の二本が公開されたにすぎない。昨年の東京国際映画祭で最新作『さらば、わが家』が上映されるまで、フランス移住後、すなわち80年代以後の彼の映画が上映される機会は一度もなかった。本特集上映は、真にユニークな現代映画作家イオセリアーニのゲオルギア時代から今日に至るまでの主要作をまとめて見ることのできる貴重な機会となるだろう。
 オタール・イオセリアーニは1934年2月2日、旧ソ連、ゲオルギアのトビリシに生まれ、音楽(44-53)、応用数学(53-55)を学んだ後、モスクワの国立映画大学(VGIK)の監督科に入り、アレクサンドル・ドヴジェンコの薫陶を受けた(55-61)。
 ワイン工場で働く気のいい青年の日常を淡々と描くヌーヴェル・ヴァーグ的な長編第一作『落葉』(66/公開68)、お調子者だが器用で友達の多い、若いティンパニー奏者のあわただしい都会生活を描く『歌うツグミがおりました』(70/公開72)、都会から来た四人の室内楽団と村人の交流を随想風のタッチでのびのびと描く『田園詩』(76/公開78)はイオセリアーニの名を西欧に知らしめた。
 彼は79年にパリに移り、個性的な自由人たちが大挙登場する、とぼけた味わいの奇想天外な群像劇で新境地を開拓した。革命前のパリの貴婦人の裸体画の運命、現代の不倫妻たち、武器商人、空き巣の親子、無政府主義者とその娘の美容師らの行動をポリフォニックに展開させる『月の寵児たち』(84)。セネガル奥地の村でディオラ族の日常を見つめる『そして光ありき』(89)。古い城館に住む二人のロシア系老婦人と村人の交流と、その一方の城館所有者の死後、金の亡者となり果てた人々を対比する『蝶採り』(92)。同一のゲオルギア人たちが、空想的中世および帝政末期から戦間期までのロシア、現代で異なる役を演じ、権力の野蛮を風刺する超現実的な歴史劇『群盗、第七章』(96)。パリ郊外の城館に住む変わり者のゲオルギア系家族の父母と息子を軸に、浮浪者、強盗団、実業家、列車清掃員、カフェ・バーの看板娘らの行動をポリフォニックに展開させる『さらば、わが家』(99)。他に、パスク地方を扱った中篇『エウスカディ』(82)、中篇『トスカーナの小さな修道院』(88)、ゲオルギア史を扱う大作ビデオ『唯一、ゲオルギア』(97)などの記録映画がある。