NEIN, NEIN, NEIN, NEIN, NEIN ! OH, YES, YES, YES, YES …?
──ドクトル・ラングに学ぶ素敵な映画的嘘のつき方

桑野仁(映画批評家)

 1933年、ナチスの宣伝相ゲッベルスの口を通じて、なんとヒトラーその人からドイツ映画界の指導的地位に就いて欲しいと要請を受けたフリッツ・ラングは、しかしその将来を案じてナチス・ドイツと訣別することを即断し、その日のうちに直ちにパリへと逃れた……。まさに彼自身の映画を彷彿とさせる、この手に汗握る歴史的会合と間一髪の脱出劇は、ラング本人が生前、幾度となく披露し、彼の巨匠神話の中核を成す伝説的逸話として世界中の映画ファンの間に広く流布・浸透したものだが、近年の実証調査によると、どうやらこれは彼一流の作り話で、そのような出来事は実際にはなかったらしい。
 それにしても、まことしやかに嘘を伝説に変える、何という悪魔的な詐欺師ぶり。そして、あのヒトラーやゲッベルスをダシにして彼らのさらに一枚上手を行く、何と巧妙でしたたかな自己宣伝術。ドクトル・マブゼも思わず顔負けの、ラングの世紀の犯罪を前にすると、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』など、所詮まだほんのガキのお遊びにしか見えなくなってしまう。嘘だと思うなら、今回の特集で上映されるラングのアメリカ時代の作品群を見てみるがいい。真実と嘘、冤罪と謀略、厳格な論理と不条理な運命が表裏一体となりながら、登場人物たちをじわじわと包囲し追いつめていく様子を緊迫感漲るタッチで綴るその冴え渡った映画話術に、誰もがめまいのようなスリルと興奮を覚えて酔い痴れること請け合いだ。