海に生きる 遠洋底曳漁船の記録

1949年(33分)

監督/柳沢寿男 樺島清一

撮影/林田重男 清水浩 関口敏雄 山口弍朗

95トンの漁船が二杯ペアになって、網をひいて魚をとるんです。三ヶ月くらい船に乗っていましたね。僕は始めから仕舞いまで酔っぱらっていまして、キャメラマンにもうちょっとしっかりしろって言われた記憶があります。
漁船で働く船員諸君を撮れということで、竹内(信次)さんが脚本を書いてくれたんですけど、漁船が遭難したときに無電でSOSを出しますよね。それをやってみようと。この仕事がいかに大変か分かるだろうということで、それを実際にやりました。撮影が終って引き合げるときに、いろんな人たちが大勢集まって、監督は誰だって言うんですね。僕ですって答えたら、お前はひどいことをするって。救助を頼むSOSを突如出したわけです。それが各船に伝わり、そこに集まってくる。でも、本当に行けるかどうか各船の船長はみんな心配したわけですよ。そんなことをするなんてお前はふてえ野郎だって、だいぶ叱られました。でも、見事に集まってきましたよ。さすがだと思いましたけどね。
林田重男さんは私の先生みたいな人でしてね。林田さんとの仕事は他にもいくつかあるんですが、記録映画ですからロケハンをしますね。僕がこの辺でいいでしょうと言うと、林田さんはもう一本向こうの電柱まで行こうって言うんですよ。しょうがないからついていくわけですね。そこへ行って帰るのかと思うと、林田さんは、もう一本向こうまでって延々連れて行かれる。そうすると、ここだって所が見つかるんですね。記録映画はこういう風にして撮るんだよということを、口ではなく、一緒に歩いてくださって教えてくれたんです。
それから、この映画のBキャメが清水(浩)君なんですけど、二杯の船のこっちに林田さんが乗って、こっちに清水君が乗って撮り合ったんですが、帰ってきてラッシュを見ましたら林田さんが撮ったものと清水君が撮ったものとは迫力が全然違うんです。僕はラッシュを重ねて比べてみたんです。そうすると、林田さんの方はキャメラの位置がちょっと低いんです。拡大鏡で見ると違いが分かるくらいの差なんですけれども、それだけの違いで迫力が全然違うんですよ。ああそうかと教えられました。

ーー映像資料「柳澤壽男監督に聞く」(1991)より