アレクサンドル・メドヴェトキン Александр Медведкин


1900年3月8日、中部ロシアに農民の子として生まれる。ロシア革命の洗礼を受けた彼は、赤軍に所属。政治部将校として壁新聞を作り、アマチュア演劇を組織して農民兵士の啓蒙につとめた。27年、国立・軍映画(ゴス・ヴォエンキノ)に移り、脚本家、助監督としての仕事を学んだ。30年から31年にかけて<映画戯評(キノフェリトーン)と呼ぶ一連の風刺時評的な短篇映画を製作。これらは、不合理な経営、官僚主義の無能、不良品ばかり作る工員などを暴いて、<メドヴェド・キノ>と呼ばれるほどの事件となった。32年、スタジオ、現像設備、編集室を備えた「映画列車」を主宰し、ソヴィエト各地の工場や集団農場に赴き、ニュース・宣伝映画の製作と上映を行った。34年長編処女作「幸福」を発表。ロシアの民間伝承をコルホーズを舞台に翻案した諷刺喜劇で、エイゼンシュテインらに高く評価されたが、一方で演出の「様式化」を批判された。70年代になって、欧米で初めて TV放映されたこの作品は「30年代ソヴィエト映画を代表する独創的作品」として評価を受けている。第二次大戦中は従軍カメラマンの指揮を取り、戦後は、農村の復興や開拓をテーマにした作品で新たな模索を続けた。50年代末からは、人種差別、軍拡競争などに矛先を向けた社会時評的な一連の記録映画<諷刺小冊子(パンフレート)>を手がけた。その後も文化大革命に揺れる中国に関心を寄せ、ボリシェヴィキ作家の健在を示した。ペレストロイカのただなかの89年2月19日に没した。


過去の上映作品

幸福 Счастье 1934