フリッツ・ラング Fritz Lang


1890年12月、オーストリアのウィーン生まれ。フロイト、クリムト、エゴン・シーレなどが生活していた世紀末ウィーンの雰囲気の中で美術などを学んだ後、世界を放浪した。第一次大戦に出征し負傷したことから、「カリガリ博士」のプロデューサー、エーリッヒ・ポマーと知り合い、1919年に映画監督となった。20年代に入り、「死滅の谷」(21)、「ドクトル・マブゼ」(22)、「ニーベルンゲン/二部作」(23-24)、「メトロポリス」(26)などをたて続けに発表し、時代の先端をいく監督となった。エイゼンシュテイン、ヒッチコックらがラングの映画に熱い視線を送り、ブニュエルは「死滅の谷」を観て映画を撮りたいと思ったという。これらの映画に脚本家として参加したのが、テア・フォン・ハルボウで、前妻が自殺したラングの公私に渡るパートナーとして才能を開花させた。いわゆるドイツ表現主義から新即物主義に至る時代でルビッチ、ムルナウ、パブストなどの活躍でドイツ映画全体が活気に満ちていた。1933年、ヒットラーが政権につき、ラングはフランスに脱出する。ナチに親しみをもっていたテア・フォン・ハルボウ(後に入党)との仕事はそこで絶えた。1934年にはさらにアメリカへ渡った。2年後には監督業も再開し、それまでの壮大で運命的なドラマから、しだいにスリラー、スパイもの西部劇などドイツ時代とは異なる題材の作品を発表する。ラングは1956年再びドイツに戻り、3本の映画を作り、ゴダールの「軽蔑」に出演するなど悠々自適の生活を送った後、76年に死亡した。


過去の上映作品

ドクトル・マブゼ 第1部─世紀の賭博師 Dr. Mabuse, der Spieler 1922
ドクトル・マブゼ 第2部─犯罪地獄 Dr. Mabuse, inferno des Verbrechens 1922
ニーベルゲン/ジークフリード Die Nibelungen: Siegfried 1924
メトロ・ポリス Metropolis 1926
月世界の女 Frau im Mond 1929
M M- Eine Stadt sucht einen Mörder 1931
怪人マブゼ博士 Das Testament des Dr. Mabuse 1932
マンハント Man Hunt 1941
死刑執行人もまた死す[完全版] Hangmen also Die 1943
スカーレット・ストリート Scarlet Street 1945
扉の蔭の秘密(扉の影の秘密) Secret Beyond the Door 1948
熱い夜の疼き(クラッシュ・バイ・ナイト) Clash by Night 1951
無頼の谷 Rancho Notorious 1952
ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ The Big Heat 1953
仕組まれた罠(人間の欲望) Human Desire 1954
口紅殺人事件 While the City Sleeps 1955
条理ある疑いの彼方に(合理的な疑いを越えて) 
  Beyond A Reasonable Doubt
 1956
大いなる神秘 第1部 王城の掟/第2部 情炎の砂漠 
  Der Tiger von Eschnapur/Das Indische Grabmal
 1958